第五章


僕はヘンリエッタをゆっくりと椅子の背もたれに預けた。

彼女の寝ている様子は非常に愛らしいものだったが、自分には果たさなければ行けない使命があった。

1つ目の’’Vita’’のエンディングを迎えた後、ここでの’’ルール’’について大まかだが理解できた。

この空間内の’’義体’’のメンタルは、皆彼女たちの補佐官が帰ってくるのを待っている、だがそれらのアカウントはなんらかの原因によって、ずっと前からログインはしなくなってしまった。

僕たちの人形は原因不明の理由でこの空間に入り込み、’’Vita”内の物語の登場人物の一人になっている、そして物語は原因不明の故障が起きている。

物語が結末を迎えない限り、人形達のメンタルはずっと囚われたままになってしまう。

これらの重要な情報さえわかっていれば、残りは楽にできそうだ。

これは意図した攻撃ではないし、僕がやるべき事は彼女たちの夢をちゃんと終わらせて上げるだけだ。

正直、今知った情報から鑑みるに、彼女たちを傷つけるようなことは僕にはとてもできない。

指揮官:「カリーナ、次の’’Vita’’に向かう準備ができた。」

カリーナ:「はい、今カノのメンタルを検査しています。」

指揮官:「なにか手がかりは見つかったか?」

カリーナ:「彼女の’’Vita’’での記憶は全て残っていますし、’’Vita’’内でも特におかしなことはしていないようですが、この空間に入るときの記憶が消えているんです。」

指揮官:「誰かに消されたのか?」

カリーナ:「人形には自身の記憶を削除する権限はありませんし、可能性は1つですね。」

指揮官:「やはり誰かがここを操っている?」

カリーナ:「これ以上の情報がない状況では、このような憶測しかできませんね。」

指揮官:「だな…もし誰かが故意にこの状況を作り出してるとしたら、一体どのような目的が?今まで遭遇した人形たちに動機はなさそうだったが。」

カリーナ:「私にそう聞かれましても…」

カリーナ:「ですが我々がこの空間に入ってから時間もそう立っていませんし、まだ隠された事実があると思います。とりあえず私の方でも調査を続けてみます。もしかした他の手がかりが見つかるかもしれませんし。」

指揮官:「頼むよ。」

カリーナ:「私に任せてください!」

カリーナ:「指揮官様は次の’’Vita’’へ早く、新しい手がかりがあるかもしれません、捜索を終えるのが早ければ早いほど、我々の人形をより早く家に連れ帰れます。もちろん、もしトラブルに遭遇した時はいつでも呼んでください、私いつも指揮官様の演技を見ていますからね。」

指揮官:「…まったく。」

指揮官:「それでは出発する。」

僕は静かに立ち上った、ヘンリエッタの胸元はやはり均一に起伏を繰り返していた。

僕はできるだけ物音を立てないようにして庭園を出ていった、できるだけ足音が彼女の夢の邪魔をしないように。

ヘンリエッタが信頼し尊敬する補佐官を演じるのは予想以上に難しい、彼女とは少しの間離れるとはいえ、やはり自身の言動には気をつけなければ。

ついさっき入った建物を見上げる、この前のヘンリエッタがくれた経験のおかげで、何とか’’Vita’’に入るコツをつかめた気がする。

建物内はやはり手を伸ばしても何も見えないほど暗かったが、何かが自分を引きつけていると本能でわかった。

僕は暗闇の中目をつむりながら前進すると見えない扉にたどり着いた。

僕はヘンリエッタの様子を真似しつつ、ゆっくりと体を扉に沈めていった、自分が扉を越えた感覚がして、一瞬にして重心を失った、闇から闇へ体が落ちていく。

空間、時間に対する感覚が意味を失ったようだった、僕が自分が落ちているのか上がっているのかさえわからない。どれくらい時間が立ったのかはわからないが、やっと地面を踏みしめる感覚が脳に伝わってきた。

???:「お客様、大丈夫でしょうか?」

誰かが僕を呼んでいる、声がクリアになっていくにつれて、環境のリアルさも出てきた。

周囲の風景が完全に現れた、僕は食卓の前に座っていた。

???:「お客様、聞こえますか?」

目の前が明るくなった、僕は目を細めた、目の前の風景が見えるようになってきた。僕は窓側の位置に座っていた、太陽の光がちょうど軒先から自分の顔に降り注いでいた。他の太陽の光は僕の前にある食卓に降り注いでいた、ガラス越しの光は眩しくない光点を作った。

暖かくて気持ちのいい午後だ。

???:「お客様、お眠りですか?」

指揮官:「うん?」

僕は驚いて目を醒ますように、僕を呼ぶ声の方向を眺めた、目の前には金色の短髪と美しい目を持ち、メイド服で身を包んだ少女が居た。

???:「目を覚ましましたか?ご用件はなんでしょう?」

僕は思わず固まってしまった、まさかこんなに突然彼女が自分の目の前に現れるなんて。前に読んだ情報を思い出そうと、僕は目をこすり直した。目の前にいるこの少女が僕が探そうとしていた義体であることは疑うべくもなかった。

指揮官:「リコ?」

驚きすぎたのかもしれない、彼女を見た瞬間自然に口に出していた。

リコ:「え?」

リコは一瞬困惑していたが、すぐにウェイターとしてのプロフェッショナル性を発揮して僕に微笑みかけた。僕は初対面の女の子の名前をいきなり呼んでしまったことを後悔していた、その子から変な人扱いを受けないとは言い切れない。

リコ:「あの、私達お会いしたことがありましたっけ?」

指揮官:「こほん……すまない、少々寝ぼけていたようだ。ここは?」

リコ:「ここはホテルVILLA GADDIです、もし体調が優れないなら、お部屋までお送りしましょうか?

指揮官:「いや、すこし眠いだけだ、それにもう少し座っていたい気分なんだ。」

リコ:「わかりました。ではコーヒーを一杯ご用意しましょうか?」

指揮官:「ああ、お願いするよ。」

リコはお辞儀をした後に離れていった、僕もこの時間を利用して自分の考えを整理しておきたかった。

僕は周囲を見渡す、ここは確かに高級と言われるホテルのレストランで、ドアの奥にはフロントが見える。先程のリコの反応から、今ログインしている’’ジャン’’としての自分には全然反応を示さなかった。やはり前回のアンジェリカと同じように’’フラテッロ’’としての記憶が意図的に消されているのか?

もしこの部分を修正してシナリオを進めればこのVitaの問題は解決できるのかもしれない。

それに前回と違うのは、メンタルを奪われた人形はまだ出現していないということ、僕たちの人形がここの物語にどう影響するのかがまだわからない、それにこのVitaに囚われている貧乏くじ引きは誰なのかもわからない。

何気なく窓の外を見ると、見覚えのある目と目があった。

SPAS12:「ふふ。」

指揮官:「SPAS?」

僕はすぐに立ち上がって追いかけようとしていたが、リコはすでに彼女のカートを押して僕の側に戻ってきていた。

僕がほんの少し視線を外した間に、あの見覚えのある人影は人混みの中に姿を消し、もう二度と補足することはできなかった。

リコ:「お客様、コーヒーをお持ちしました。」

指揮官:「特別な感じがするね、珍しい匂いがする。」

リコ:「わかりますか?実はこれは私お手製のリストレットなんです、淹れるのに時間がかかってしまいました。眠そうに見えたので、このコーヒーで少しはリフレッシュできるんじゃないかなって想いました。

指揮官:「そ、そうなのか?ありがとう…いただくよ。」

コーヒーの香りが鼻を通り過ぎる、少し口に含んでみる、味はとても苦いが、意外にも懐かしい味だ、まるで学生時代、初めて好きな人と一緒にコーヒーを飲んだときのような味だ。コーヒーの暖かさはすぐに体中に広がり、リラックスした感覚も同時にきた、何も考える必要はなく、心配する必要もない、温かい太陽の光とともに、こんな幸せな午後は永遠に続けばいいのに。牛乳を少し入れてスプーンでかき混ぜると、牛乳ががコップ内で渦巻いて、ゆっくりとコーヒーと一つになっていく。リコも僕と一緒に手に持ったカップを見ているのが感じられた、彼女の目からが不思議な感触が伝わってきた。

指揮官:「このコーヒーがどうかしたのかい?」

リコ:「いいえ…何でもないです。私はただこの光景が…非常にリアルだと思います。」

指揮官:「リアル?」

リコ:「すみません、お客さま、変なことを言ってしまって…」

リコは私の方を見ると、また自身のつま先を見て、ついに勇気を絞り出すかのように半歩前に出た。

リコ:「あの、聞きたいことがあるんですけど…」

指揮官:「なんだい?」

リコ:「お客様のお名前は’’ジャン’’さんではありませんか?」

僕はまた固まってしまった、まさかこのアカウントの正体を知っている?もしそうなら彼女の記憶はそのままなはず、ならなんでここでウェイトレスを演じているんだ?

リコ:「その表情…どうやらあたりのようですね。」

指揮官:「君は鋭いんだな。」

リコ:「やはりそうでしたか…」

指揮官:「やはり?」

リコ:「今日は見知った人たちが現れる予感がしたんです、いつもと同じで、いったんその予感が起きてしまえば、間もなく実際にその予感が現実で起きる。あなたのことものすごい身近な人と感じたんです、そしてあなたが私にとって身近な人で、なぜかわからないけどあなたの名前が’’ジャン’’だと思いました。私の予感は正しかったのかな?」

指揮官:「うん…そう呼んでもらっても構わない。」

リコ:「やっぱり!ならジャンさんも同じ予感がしたんですか?」

指揮官:「…そうとも言えるな。君を見かけた瞬間君が’’リコ’’だということがわかったよ。」

リコ:「よ…よかったです!自分自身も本当かどうか信じきれなくて、それで他の人にも言えなくて。まさか自分と同じような人がいるなんて、だからあなたを見た瞬間リアルだと感じたんでしょうか?」

指揮官:「君が感じたことは必ず起きる、予知能力みたいなものか?」

リコ:「違います…私もとくわからないんですけど、毎回欲しい物があると、それが目の前に現れるんです。強いて言うなら、望みを叶える能力ですかね?」

指揮官:「望みを叶える?」

リコ:「そうですね…私が何を望もうと、最終的には私の思い通りのまま実現します。ですが私が幸せに生きているからこその妄想かもしれません。そしてあなたを見かけた時、何故か私はとても幸せで、今の生活が大好きだってあなたに伝えたくなりました。あ、すみません、一介のウェイトレスがいきなりこんなことを言ったら怖がらせちゃいますよね?」

指揮官:「いや、君が言いたいことを言えばいいんだ。」

リコ:「ジャンさんは優しいんですね…こういう優しさにも懐かしいものを感じます…ごめんなさい、私も私が喋っていることは変だとわかってるんです、でもジョンさんなら私のことを理解してくれる気がしたんです。」

指揮官:「なんでジャンは理解してくれると想ったんだ?」

リコ:「わかりません、それこそなんで私があなたの名前を知っている理由がわからないのと同じです。私の人生をあなたに話せば、疑問が解消されそうな予感がします、聞いてくれますか?」

指揮官:「うん、できれば詳しく聞きたいくらいだ。」

リコ:「は、はい!あの…普段は普通に学校で授業を受けています、水曜日と金曜日の午後は宅配のアルバイトをしています、荷物分けのおじさんはいつも小さい小包をくれるんです、私の体は小さいから、大きすぎると大変です。」

指揮官:「いいおじさんみたいだな。」

リコ:「はい、だからよくおじさんに自分で焼いたクッキーを上げてるんです、毎回クッキーを受け取るとおじさん嬉しそうに笑うんですよ。」

指揮官:「そのおじさんは幸せ者だな。」

リコ:「ヘヘ…それからがバイトが有る日の夜はバイトが終わってから楽器の先生のところに行ってバイオリンを習うんです、フェロ先生はすこい厳しいんです、だけど先生が私にはセンスがあるって、これかも頑張ってて練習を続けなさいって。週末になったら、このホテルでアルバイトをしてるんです、朝起きてお母さんが作ってくれた目玉焼きサンドを食べて、学校とは逆方向なので西に向かって歩いて、テベレ川の上に架かってる橋を渡っていくんです。橋は長いけど、途中で聖セシリア大聖堂が見えるんですよ!毎回あの聖堂が見えると体中が震える感じがします!」

指揮官:「案外君には芸術の才能があるのかもしれないぞ?」

リコ:「そうですかね?橋を越えて川沿いに歩いて最寄りのバス停でバスに乗ってホテルに行きます、数十分でここにつけるんですよ。始めてきた時は緊張しました、なんせここは高級ホテルですし…でも実際に働くと、支配人さんは何時も優しいし、一緒に働いているお姉さんたちもいい人で、仕事から帰るときにはキッチンの人が高級食材を送ってくれたこともありました。」

指揮官:「いいことじゃないか?」

リコ:「確かに…全てが素晴らしいんです。でも問題は、この全てが私の望んだように起きてるんです、私が心配事や問題を抱えるときには、何時も誰かが私を助けに来てくれました。欲しい物があれば、いつの間にか労を要せずに全て手に入ってしまう。」

指揮官:「羨ましい生活だな。」

リコ:「でも、あまりに幸せすぎて、全然リアルじゃないんです。こんなに幸せな人生は本当は私のものではないんじゃないかって、いつも心配になります。ここにあるもの全て一瞬の夢で、目覚めたときには全て消えてしまうんじゃないかって。」

指揮官:「……」

リコ:「だから、私はこの人生を生きる資格があるのかがわからないんです。ジャンさん、こういう生活は普通なものなんですか?」

指揮官:「うん…君みたいな年頃の子供が過ごす普通で平凡な生活よりは幸せだろうね。でもそれも全て君が周りの人から愛されているからだよ。」

リコ:「そうですか…不安になるたびに、みんなに考えすぎだと言われ、普通の生活を過ごしていると諭されます。でも、どうしても、リアルさを感じないんです。」

指揮官:「普通な生活が最も尊いんだ、若人はそれを往々にして忘れてしまう、成長して初めて気づくんだ、あのときの幸せはもうすでに自身の両腕からこぼれ落ちていることを。普通であることの大事さを感じ取れるリコは賢い子だね。」

リコ:「でも、ちょっと違うんですよね…今まで見てきたものは全て嘘で、ある日突然全てが消えてしまう、そんな不思議な恐怖。私はそんな虚しい恐怖を感じつつも、今の幸せを失いたくないと願っている…」

指揮官:「心配しないで、いつまでも幸せに暮らせるよ。」

リコ:「本当ですか?今感じている幸せにリアルさを感じなくても?」

指揮官:「でも君は言ったよね?今の幸せを失いたくないと。」

リコ:「ジャンさんがそう言うなら、きっとジャンさんが言ったとおりになる、それを聞いて安心しました。」


……

彼女は私に敬礼するように少し身を乗り出し、その後自身のカートを推しながら去っていった。彼女が去っていくの眺めつつ、また独特かつ芳醇なコーヒーの残り香を嗅いでいた。これは確かに唯一無二の幸せの匂いだ、もしかしたら幸せを経験しているあの子にしか出せない匂いなのかもしれない。僕はほんの一瞬でも、幸せに満たされている彼女を見れて安心した。

でも問題はまだ解決されていない、僕には果たすべき任務がある。

指揮官:「カリーナ、いるか?」

カリーナ:「はい、指揮官。」

指揮官:「話は全部聞いていたな?」

カリーナ:「はい…あの子は資料に出てくるリコとは完全に違いますね。もし彼女が健康に生まれてきたら、あんな幸せな人生を送っていたのでしょうか?」

指揮官:「そんな仮定をしていても虚しくなるだけ、僕たちにできるのは空から降り注ぐ不幸を乗り越え続けて、幸せに生き続けることだけだ。」

カリーナ:「そうですね…もし私達がこの世界をより良いものにできれば、みたいの子どもたちも幸せになれるかもしれません。」

指揮官:「そのためにも僕たちの人形を取り戻さないとな。ついさっき窓の外でSPASを見かけたんだ、気づいたか?」

カリーナ:「そうなんですか?私は全然見かけませんでした。」

指揮官:「僕の見間違いか?君のことだ、リコ以外に他に変なところには気づいたんだろう?」

カリーナ:「はい…窓の外では同じ車と同じ歩行者が動いてるように見えますわね、よく見てみるとパターンに沿って動いています。」

指揮官:「遠くの場所には人影すらない。」

カリーナ:「はい…なんというか、この空間は完成されてないという感じがします、動く全ての物はついさっきリコが言っていたルート上にあります、まるで彼女の記憶をそのまま投写したかのようです。ここで起こった全ての出来事は、あくまで簡単な視覚的なシミュレーション、むしろ第二平層上での模擬空間みたい…というより誰かの夢の中みたい?」

指揮官:「夢…か、つまり僕たちはリコのVitaにすら入れていなかったということか。」

カリーナ:「この空間を検査していたんですが、検査結果によると、今指揮官様がいる空間は模擬空間Vitaによって再度シミュレーションされたものだとわかりました。」

指揮官:「再度シミュレーション?なにか違いはあるのか?」

カリーナ:「例えばですK印のフライドチキン屋さんとM印のハンバーガー屋さん、2つもファストフード店ですが、中身は全然違います。」

指揮官:「そのたとえはわかりやすいな…」

カリーナ:「う-ん…この空間のシミュレーションを解除できると思います。」

指揮官:「え?基本的なルールとして外部から空間に干渉はできないはずではないのか?」

カリーナ:「理論上ではそうですが…この空間はVita内の権限者が作ったものではないようです…この空間からは人形の演算方法が検出されました。」

指揮官:「つまりここは人形の演算力を使ってシミュレーションされている?」

カリーナ:「はい、全てがシミュレーションです。あなたの目の前にいるリコですら、本物のリコではないかと。」

指揮官:「本物のリコではない?」

カリーナ:「同じ見た目をしていても、別人物の可能性が高いです、彼女は資料上のリコとの性格の違いは予想以上に大きいです。この空間がシミュレートされたものならば、このリコもシミュレートされたものの確率は高いと思われます。」

指揮官:「そうか…」

カリーナ:「まるで夢のよう、このVita内にいる本物のリコは私達の人形の演算力を使って、公社とは違う人生を歩んでいるんです。」

指揮官:「だからリコは’’リコ’’にできるだけ幸せな人生を送らせようとしていたわけか。これでさっきの’’リコ’’の悩みについても説明がつくな。」

カリーナ:「できれば、私もこんな夢を見てみたいですわ…」

指揮官:「寝言は寝てから言え、どうすればいい?」

カリーナ:「もう、指揮官様ったらせっかちなんだから。もう方法は思いつきましたわ、人形の権限を借りて空間を閉じればいいんです。もし演算力による支援がなくなってしまえばここのシミュレーションも維持できずにすぐに消えてしまうはずでしょう?」

指揮官:「消えてしまうのか…なら彼女が目を覚ましたときには、がっかりしてしまわないか?」

カリーナ:「指揮官様…あまり考えすぎないでください。ここでの全てはシミュレートされたものです、私達が義体たちを傷つけない方法は取れても、彼女たちに同情しなければいけないわけではありません。今は心を許しても、私達が人形を連れて帰る際に、この空間も消えてしまうんです。」

指揮官:「わかってるよ…ありがとう。」

カリーナの姿は見えないが、無意識のうちにうなずいていた、あの幸せなリコにはできれば消えてほしくなかった。でもそれと同時に思い出した、偽りのものは結局偽物なのだ、シミュレートされた幸せもあくまで自身の錯覚に過ぎない。浸かりすぎれば自分を見失うだけだ、僕も、本物の’’リコ’’も。

指揮官:「カリーナ、やってくれ。」

カリーナ:「わかりました。」

カリーナのコンソール操作音を聞くと、周囲の環境がすぐに変化し始めた。見えないドアの時と同じように、周りの全てが言い表せないような漆黒に包まれていく、自分の体が無限に落ちていくのを感じる、あの優しくて幸せな世界から離れていっているんだ。落下している時間が異様に長い、丸一日過ぎたような感じさえする、長すぎて僕は永遠にこの暗闇に留まらなければいけないと錯覚してしまうほどであった…


ドカン!


どうやら思いっきり地面に叩きつけられたようだ、全身の骨が痛い。周囲を見渡す前に、耳元から鋭いしわがれ音と、銃声が聞こえてきた。



 

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